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「夏の熾火」の裏話・1

夏の熾火横
ジョギングコース
夏の残滓
お陰様で長編歴史小説「四季四部作」のシリーズ第三作、「夏の熾火」を10月1日から、ネットショップで先行販売を実施することになりました。
書店や、アマゾン、セブンネットなどは11月1日からの販売です。
数回にわたり「夏の熾火」にまつわる裏話をいたします。
ちなみに、主人公三人の関係は、吉見台右衛門の弟子が、葛西薗右衛門、薗右衛門が亡くなった後の弟子が和佐大八郎です。
弓道の稽古をされていらっしゃる方々は、何れも知られた人物です。
三人は紀州藩士で、京都三十三間堂の大矢数(24時間のうちにどれだけ多く、西縁の南の端から北に向かって、長さ120メートル、高さ5メートルの空間の中を、何処にも触れずに通した矢の数、「射越」を競う)の記録保持者です。
それを「惣一」といい、日本一の弓引きの称号のようなものと思ってください。
24時間の間に、総矢数10000射~13000射を放ち、6000から8000本を射越すのです。人間業を越えた驚異の弓術家達です。彼等が活躍したのは今から300年前ですが、その後、現在に至るまでこのような事が出来る弓術家は出現しませんでしたし、これからも出現しないでしょう。

5年前に「冬の櫻」という長編時代小説を上梓しましたが、圓城寺彦九郎という弓術家を主人公にいたしました。それまで「弓術家」の本格的な小説はありませんでした。
春吉省吾が、「弓道小説」という新しいジャンルを作ったと言うことです。
不思議なことですが、それまで多くの「剣豪小説」はあるのですが、本格的な「弓道小説」は全くありませんでした。今思うと、長く各流派の「伝書」が秘されたままで、資料としては公にされていなかったというのも原因の一つでした。(他に色々ありますが、ここでは触れません)

15年前、全日本弓道連盟の範士の先生方の合同稽古のお手伝いをしたときに、
「弓術家の小説を書きたいのですが……」
と、控えの部屋から出ていらっしゃった、当時全日本弓道連盟副会長の範士九段(後に十段)、志々目義宏先生に、失礼を顧みずにお伺いしたところ
「私は、鹿児島の田舎弓引きなので、お役に立てないが、違う先生に尋ねてみよう」
と仰有って、わざわざ別な範士の先生の処に戻って行かれました。
暫くして、大きな声が聞こえました。
「弓道小説など、今までどんな小説家にも書けなかった。素人が書けるはずが無い」
その声は、私の耳にも届きました。
その範士の先生が仰有る事はもっともで、私の足は竦んで、その部屋に入っていけませんでした。
戦国武将を彷彿とさせる厳しい佇まいのなかに、優しさを秘めた志々目先生も、平成18年にご逝去され、「弓道小説など書けないよ」と仰有った範士の先生も既にお亡くなりになってしまいましたが、今でもその時のことが忘れられません。
「冬の櫻」とこの度の「夏の熾火」を手にされたら、先生方はどんな感想を述べられたかと想像する春吉です。
2015.9.20 「夏の熾火」の裏話その1
写真は私のジョギングコース、夏の残したもの「蝉の抜け殻」


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