取材と癒やし

拙著「春のみなも」の主人公「初」は、東征軍が二本松城を陥落させ、次に福島に進攻しようとするその朝に城下を去ります。
その後の「福島」について、しっかり書かねばとここ二、三年資料を集めています。実家の3階から
「明治・大正・昭和初期」に養蚕業で栄えた、信達福島地方のことについて地道な取材や資料収集をしながら小説の構想を練っています。
主人公に鐸木三郎兵衛という、現在の福島の基礎を作った人物を主人公に据えた物語です。
受け継いだ全財産を殆ど使い果たして、福島の為に貢献しましたが、今は知る人も少ないようです。本来は福島駅か福島市庁舎に銅像が建っても良いぐらいの人物なのですが、人物が大きすぎて(常軌を逸した生き方と言えなくもない)その実像はなかなか掴めずに現在に至っています。
いつの間にか「福島」という町は矮小化して現在に至っていますが、原発の影響でその傾向に一層拍車をかけているのが現状です。
この小説を通して、次の福島がとるべき進路も見えてくるのではないかという自負のもと、物語の全体構成をしています。
それは、次世代の郷土の方々への「春吉省吾」の提言であり遺言でもあります。
多くの方に読んで頂けるよう、楽しく面白い作品にしようと頑張っています。

三郎兵衛が活躍した当時の「福島」の賑わいは、東北一、二いや、全国でも有数なダイナミックな町でありました。
その雰囲気を現在の人達に伝えるのはなかなか難しいのですが、母の元気なうちに色々と聞いておくのも大切な取材ですし、先輩、友人などあらゆるネットワークを駆使して「福島」の生きた歴史を辿りたいと思います。
母方の実家の本家は二百数十年以上辿れる家系で、福島の魚屋としては最も暖簾の古い店です。
父方は現在の伊達市の出です。伊達政宗の先祖「伊逹家発祥の地」です。色々あって私の祖父は5歳の時に豊田町の縁者に預けられ、奉公をした後、大正13年(1924年)に豊田町に印刷工場を開業します。現在その会社はペーパーカンパニーですが残っていて、私が代表取締役を務めています。創業から91年というわけです。

88歳になった私の母もお陰様で元気ですし、3ヶ月に2度ほど福島に戻って友人達との飲み会(そちらが主ということも……)も私にとっては大きな癒やしです。二本松市役所
二本松少年隊 (1)

福島とは密接な繋がりのある「二本松」の事も、本格的に取材や資料収集をはじめるべく順序を踏んで「二本松市教育委員会事務局文化課」の課長さんに御挨拶に出向き、ご協力を要請して参りました。
会津の付け足しのように貶められている「二本松少年隊」二本松藩、丹羽家の事などを「物語」にしたいと思っております。
また、二本松の偉人朝河貫一博士や、長沼(高村)智恵子などの人物は、福島中学、福島女学校で、鐸木三郎兵衛が活躍した時代に福島で学んでいます。智恵子の実家 (1)
智恵子の実家2

福島も二本松も私にとっては、大切な場所です。
次回へ (次回は岳温泉露天風呂、墓掃除と我が実家です)
●我が実家の3階から真っ正面に知事公舎が見える。福島城の一角です。
●二本松市役所 ●大隣寺二本松丹羽家菩提寺・少年隊戦死者供養塔
●長沼(高村)智恵子の生家 ●智恵子の生家の内部・客間